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2回めの月命日 (ダラダラと長文です)

7月7日はもも太の2回目の月命日でした。
不思議なことにもう2ヶ月も経ったんだという思いと
まだたった2ヶ月しか経っていないの?という思いが交互にやってきます。

1年前抗がん剤治療の真っただ中で食欲が無くなった時
夏限定のカルピス蒸しパンを食べてたなと思ったら今年もありましたよ。
もも太にとっては辛かった治療を思い出す食べ物かなと思ったけど買ってきました。
それを食べたのは私なのですが、食べながら胸がキュ~~と痛みました。


遡ること3ヶ月前の4月8日のことです。
この日は私にではなくてもも太にこんな美味しそうなイチゴのタルトをホールで頂きました。



イチゴのタルトを目にして興奮のあまりブレブレです

ここから先はそれぞれの考え方によって賛否両論あるのは重々承知しています。
私はもも太が喜ぶ顔が見たい、ただそれだけの思いで自己責任のもとこのイベントを決行しました。

不快に思われる方もおられるかもしれませんがもも太に免じてお許しください。

4月6日。
3週間目の血液検査をしていただきロムスチンを処方してもらいに病院へ行きました。
リンパの腫れは引かないどころがコリコリは一段を硬く大きくなっているように感じました。
それも喉元だけでは無く後脚の付け根も硬く腫れていましたから
2回目のロムスチンは効いていないことは素人目にもわかっていました。

もも太にとっての最大量7カプセルを飲ませるべきか現状維持で5カプセルにとどめて
進行を少しでも遅らせるべきかなどぼんやり考えながら病院へ向かったことを記憶しています。

血液検査の週ごとの経緯はまたにしますがこの日の結果はこれまでで最低でした。

白血球    4400  (5000~17000)
ヘモグロビン   10,2(12~18)
PCV      30,2(40~55)
MCV      76,1(59,9~75,2)
MCHC     33,8(33,6~38,3)
血小板      9,1 (20~50)

基準値内にあるのは1項目のみ。
骨髄抑制がかかった状態から改善しませんでした。
血小板減少症(DIC)の症状が出ていますとのこと。

これでは3回目のロムスチンの投与はできるはずがありません。
それでも5カプセルをお守りのようにもらってきました。
来週数値が改善しているようなら飲みましょうってことで。
このころには野菜スープは食べなくなり1回に手からフードを40グラムとかそのくらいしか食べられなくなりました。
かろうじてお肉は食べていました。
馬肉、鹿肉 鹿の肝臓、脾臓、心臓のミンチやハツの塊が手に入ればそれを食べていました。

お魚などの他にこの頃には当たり前のようにシュークリームやメロンパン、クロワッサンなんかも食べていました。

癌に炭水化物や糖質は良くないと言われますがそれどころでは無くなっていました。
栄養になるならなんでもの気持ちでした。
もちろんその栄養は癌にとっても栄養に違い無いけどもう時間は限られてるのです。

翌4月7日は朝から呼びかけにもぼんやりしていて辛そうでした。
ご飯だよって声かけたってダメ、トイレも辛そうでした。
トイレタイムを済ませたらパタンと伏せて動かないこと2時間以上。

これはただごとじゃないと病院が開くのを待って病院へ。
2日続けて病院へ行くのは始めてのことでした。

食欲がないならと点滴をしてもらい自宅で点滴をするようにと指導していただき5回分いただいてきました。

そしてこの状況であれば後10日から2週間でしょうと宣告されました。
そっか…いよいよここまで来てしまったのかと切なくてなりませんでした。

すでに最初の抗がん剤治療で食欲の無かった頃にアイスだシュークリームだと食べてやり過ごしてきたもも太です。

この先は食べられるものなら何でもOKです。
そのうえでのイチゴタルトです。
もう思いっきり食べていただきましょうとなりました。

1ホールを4等分。
もも太に差し入れてくださったのはわんこ先生。
お見舞いにかけつけてくれたKママさんが食べさせてくれました。

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もも太の瞳孔が開いています。小さい目を見開いて食べています。
スプーンで食べることも抵抗が無くなっていたのでフォークも上手に使っています。
美味しそうに食べてくれるならそれで良いのです。

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その様子をすぐ横でえぇぇ~~~~いいなぉ~~~と眺める姉妹。
もも太にぃちゃんは特別だから良いの!

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すみれなんか麻呂に力入り過ぎてるし。

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横でよだれを垂らして見ている姉妹を不憫に思った先生が良いですか?と一言。
え~え~~もちろんですともと私。
とは言っても姉妹はカスタードクリームが付いたイチゴとタルトの乗ってたお皿をペロリっとさせてもらう程度ね。

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横では本気モードでパクつくもも太、その隣りで美味しそうにいちごをほおばる姉妹。

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まだまだ食べるよとノリノリなもも太とお皿を必死に舐める姉妹。

先代さんぺいももえもアイスクリームやシュークリームは最後にひと舐めさせてもらうくらいでした。
そして最後は突然やってきたのでこういう美味しい思いはさせてあげられませんでした。

わんこ先生にしても見送った愛犬に美味しい思い出を作ってあげられなかったそうです。
なのでもも太にこうして美味しい思い出を作ってくれたのです。

どのタイミングでタブーとしていたものを思いっきり食べさせてあげようと決意するか
思い悩むをの声も聞きました。

一緒にいられる時間が残り少ないことを告げられたのですから
私のなんでもOKの決断に迷いがありませんでした。

美味しいひと時が済んでから残りの4分の3はしっかり3人のお腹に入りました。
とても美味しかったのは言うまでもありません。

結局翌週の血液検査は白血球は30600と異常な増加を示し、赤血球も基準値には戻ることはありませんでした。

この時に残りの時間が少ないことをさらに思い知りました。
それでもまだ歩行に問題はありませんでした。

私は何がなんでもフード派ではありません。
ぱぱちゃんがフードって結局はバランスのとれたインスタント食品なんじゃないかと言ったことがあります。
うまいこと言うな~~と感心したものです。

そのバランスのとれた食事を毎食手作りで提供するのは大変なのでフードは利用するべきだと思います。
時間のある時に手作りの日があるってふうにしています。

普段はフードとトッピングにお肉と野菜程度に抑えています。

フードだけでも食べられるようにしておくべきだと震災のボランティアをされた方に聞いたことがあります。
緊急時を考えればその通りと思います。

危険とされる食べ物はいくつかありますよね。
中毒を起こす代表的なものとして玉ねぎだとかチョコレートは当たり前。

それ以外にも夏場ついあげてしまうものの中にも危険なものがあります。
家庭菜園の代表選手プチトマト。
私の犬友のラブちゃんはその昔丸飲みしたプチトマトが丸いまんまウンチと共に出たそうです。
トマトの硬い皮が消化できずにプチトマト本体のまま出たそうです。
無事に出て何よりでしたがどこかでつっかえてたら大変だったかもしれません。

教訓 皮の硬いものをあげる時は皮をむくか小さく切ってあげましょう。
私もトマトはあげちゃう派ですので刻んであげるか野菜スープに入れてトロトロに煮るかしています。

とうもろこしの芯も腸閉塞を起こしたりするらしいので食べさせないように。

危険なものを知ったうえで美味しいものを適量食べるウマウマ体験は
お互いにとって至福の時間だと信じている飼い主なのでした。

長文に最後までお付き合いくださった方 ありがとうございます。
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tag : ゴールデンレトリーバー リンパ腫 闘病 ロムスチン

りんごで一大事

もも太の食欲旺盛っぷりにおやつのりんごを箱買い。
玄関の廊下がひんやりしてるってことで置いていました。
3月15日(金)わんこ先生が来てくれてお迎えに行き
なにを思ったのかりんごを1個咥えて走り回ったのです。
取り返した時は3分の1くらい無くなっていたけど、まぁりんごだしねってことで笑って済ませた。

まったくもう!!って呆れながらもパピーの頃でさえこんなことしなかったのにねぇ、
ステロイドハイってこんなことまでしでかしちゃうのかしらねってため息ついていました。

しばらくして泡を吐き出し ただごとでは無い状態になったのです。

慌てて病院に走りました。

なんとりんごの大きなかけらが喉に詰まっていたのです。
内視鏡で見るとりんごがドド~~ンと詰まっていました。
それをりんごの果肉部分だけだから消化するねってことで棒状のもので胃へ押し込んでもらいましたよ。

これがボールだとかおもちゃ類などの異物だったら大変でした。
押し込む作業より引っ張り出す作業のほうが大変ですもんね。


とは言え この処置をするのだって短時間と言えど沈静しながらでした。
ほんの短時間で終了しすぐに覚醒し、酸素室で30分回復を見守ってから帰宅。
とんだ事件になってしまいました。

廊下にもも太の目線の高さで箱のふたが開いた状態のりんごを置いていた私のとんだ不注意だけど
まさかねぇ大人になってこんなことになるなんて思いもしなかった。

こんなことがありながらも翌日りんごの皮をむいたのを食べる?って差し出すと…
喜んでパクリ懲りなかったようです。
りんご嫌いにならなくて良かった。

その翌日また病院へ行き血液検査。
数値に問題無しとのことで2回目の抗がん剤ロムスチンを今度は5カプセル頂いてきました。
もも太の体重には最大7カプセルとのことだったけど5カプセル。
それでも前回と違って投与から4日後あたりから確実に副作用が出るでしょうとのこと。
そしてこの後はステロイドは5錠に減量。
毎日飲むのに抗生物質、胃薬、吐き気止め、ビオフェルミンが処方されました。

まだまだ見た目は少しほっそりしたけど食欲旺盛で普通に過ごしていました。

そうそう1月末に半年間の寛解の状態を再確認するためにエコー検査とにレントゲン検査をしました。
その時新たにわかったことがありました。なんと腰椎ヘルニアの初期でした。
う~~ん、これは最初の抗がん剤治療の時にかなり筋肉が落ちたことと関係あったのかな。
冬のつるつる路面とズボズボ埋まる雪の中での遊びは制限するようになりました。

ステロイド投与で筋肉はさらに落ちたし関節の痛みなども少しずつ出始めていたのでしょうね。

それでも寝たきりにさせないために適度な運動は不可欠ともも太の様子を見ながら
わずかでも気分転換程度に運動とは言えない程度の運動をしていました。

遊びたがるのをトコトン制限するのは心苦しかったので止めるつもりはありませんでした。
いつからか自主的にもういいわって切り上げるようになって来ました。
こちらがもういいんだ…って感じるほど短い時間の遊びでしたが満足そうだったのでこれでいいのだと思いました。

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食べ物に対するこの執着心…これぞまさしくゴールデン。

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ちょ~だい! 好き勝手やってたすみれもおやつ欲しさに集合。

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ちっ、出遅れちゃったってな感じのすみれ。

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気を取り直して兄、姉の後で待機。 待てばもらえることは知っているらしい。

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そ~と~美味しかったのか微動だにしないもも太とさりー。
素晴らしい集中力だこと。

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何はともあれもも太兄ちゃん最優先のおやつタイム。

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この食欲がいつまでも続いてくれるといいなと思っていました。

内視鏡での処置。
ごく短時間とは言え麻酔による沈静をしたのでその後を心配していました。

けれど翌日には何もなかったように過ごせたのでほっとひと安心。

そもも太の残念な思い出ががひとつ増えました。

こんなとんでもないハプニングもありながらも
3月17日(日)、予定どおりに2回目のロムスチン5カプセルの経口投与を終えたのでした。

tag : ゴールデンレトリーバー

もぐもぐタイム(別名:餌付けショー)

いつもおなじみのトリオ…では無くて…
わんこ先生の愛犬すずちゃん、もも太、さりーです。



この3名じゃなくて3頭のお付き合いはもう5年以上になります。
一番年上は2004年組のすずちゃん、次がもも太。
そして2007年生まれのさりー。

永遠の少女すずちゃんともも太はライバル同士らしい。
どちらもコイツには負けないと思ってる?
そして最年少さりーはこの2人のリーダーだったりするの。
さりー姐さんは1才の時にすずちゃんを舎弟にしてしまった模様。
ガムひとつであっさり上下関係ができたらしい。 とは言え仲良しさんです。

我が家にいてもこのとおりなんの違和感もありません。

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早くちょ~だい、ワクワク♪

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…とまぁこんな状態であっと言う間に一袋完食。

みんな期待に満ち溢れた顔。
もも太なんか一度もこちら見なかったもんね。

これは2月26日火曜日のこと。
24日日曜日にロムスチン3カプセルを飲み同時にステロイドを7錠他にも抗生剤や胃薬を飲むようになりました。

ステロイドにめちゃくちゃ敏感なもも太が一度に7錠っていったいどんなことになるのかなと不安でした。
ところが拍子抜けするほど何事もなく2時間おきにトイレに出してあげるだけで大丈夫。

かつてのようにおしっこがとまらないなんてことにはなりませんでした。

まだまだ食欲旺盛でみんなと同じに過ごしていました。

2月23日以降毎週、血液検査をしてロムスチンによるダメージ具合を注意深く見守りました。

ロムスチン初回は3カプセルでしたから白血球の減少やらなにやらはほぼありませんでした。
そのかわりリンパの腫れもそれほど改善されませんでした。

そのかわり最初の抗がん治療中はステロイドを使わない選択をしたのがここで幸いしました。
ステロイドに耐性が無かったのでこちらがリンパの腫れに功を奏しました。

再発後も高濃度ビタミンC点滴は続けるつもりでした。
翌週3月2日(土)は初めて私達が付き添っての点滴でした。
これまでは預けてお願いしてましたが先生との話し合いにより
もも太の不安感を少しでも緩和してあげられるならと付き添っての点滴に切り替えました。

点滴を終えて帰宅後からもも太に変化が。

とにかくおしっこが止まらない。
これまでも2回、ビタミンC点滴後24時間くらい一度のトイレタイムが5分以上におよび、
何度もおしっこの体勢になり出し切るまで家に入れないことがありました。

情けない顔になり腰も下がりなんだったのでしょうね。
先生もこれまでに聞いたことがないと言ってらっしゃいました。
そして24時間後には何事もなかったようにいつも通りになりました。

浸透圧の変化にまでも敏感だったのでしょうね。
毎回同じようになるのでなかったのは体調によるものだったのかも。

この3月2日の夜は本当に大変でした。
外は吹雪、なのに何度も何度も庭に出たかがる。
おまけに夜9時を過ぎた頃オロオロとパニックに陥ったかのようになりオシッコを出しながら室内を駆け回った。

申し訳無さそうにしてるけれどもちろん叱る訳など無い。
掃除しながら大丈夫となだめ その後も何度もトイレに出す。
夜は新聞紙にトイレシーツを敷き詰めてなにが起きても平気な体制だけは整えで休ませた。
なんとか4時間ほどは眠ったかな。

翌日になっても変わらず。大人の介護用紙パンツと尿取りパットを買いに行き夜はこれを履いてもらった。
朝パンツを脱がせるとわずかながら尿もれがあった。
月曜の午前中には少しずつ治まってきた。

約48時間に及ぶおしっこ騒動が終息。
良かれと思って続けて来たことだけど今回のことで辞めようと決め先生にも伝えた。

それ以降は高濃度ビタミンC点滴に準ずると聞いたリポスフェリックビタミンCというサプリメントを飲む。
これ、海外通販だと国内の半額。 もちろん飛びつきました。

こうして初回ロムスチン投与以降最初の驚くべきおしっこ騒動は終息したのでした。

おそらくステロイドの大量投与開始と点滴による浸透圧の変化が影響したのでしょうね。
とても可哀そうなことをしてしまいました。

tag : リンパ腫 ゴールデンレトリーバー ロムスチン 高濃度ビタミンC点滴

皆さんお揃いで

庭に出るドアの前の狭いスペース。
ここは外の様子を眺める事も私の動向を見張ることもできる場所。

今まではもも太のバリケンが置いてあったんだけどバリケンは奥に移動。
ここにすのこ2枚置きマットを敷いてすのこベッドを設置。
これがたいそうもも太に好評でここにいる時間が今まで以上に増えました。
その後は頂き物のカドラーにお布団を敷いてもいました。

んが、ふらつきが出るようになって小さな段差が危険なことになってはいけないとみんな撤収。
お布団を全面に敷こうかと思ったけど暑くなるとすぐ床に降りてしまうのでした。
う~~ん、クッションフロアーの下はテラコッタタイルを敷いたここはひんやり気持ち良いはずだけど硬い。

肘たことかできると困るな…。
そこで見つけたのがこのむにゅっとしたマルチマット。
ここでなら直接寝ても大丈夫そうだし立ちあがる時にふんばりやすいようでした。



ホリホリしてシーツははぎ取ってしまったりとにかく余計なものはいらないろ嫌いました。
いつもはふかふか好きだったのに体熱感があったのでしょうね。

もも太がこの場所に落ち着いたのちさりーとすみれも近くでお昼寝を決め込んだようです。
狭い場所にみんなが揃っていた珍しい姿だったのでパチリ。

介護ベスト…ちゃんと着られているように見えるでしょ?
いただいたこのベストはこのメーカーの一番大きなサイズだったけどもも太には小さかったんです。

まだ必要ないかなって思ってたらいきなり立てなくなったので慌ててリメイクしました。
前をザックリ切ってそこの別の布を足し増ししてきました。

格好悪いなんて言っていられない着られることと持ち上げてあげられることが大事でしたから。

4月17日、突然足が腫れて立ち上がれなくなり、立ってからも左後脚がひっくり返ってちゃんと床に付けなくなりました。

ナックリングってこれか~と思ったけどこの日以降はナックリングはしませんでした。

1日中このベストを着て過ごすようになりました。

毎日この場所にいたのにな…。
気配が無いことがせつないです。

もも太が最後にシュークリームを食べたと話したら
とっても美味しそうなシュークリームが届きました。
一緒にいただこうね、ありがとうございました。

tag : ゴールデンレトリーバー リンパ腫 闘病

最後の集合写真

5月5日の午後、やっと少し日差しが戻りました。
まる1週間晴れ間のでていなかったもも太地方です。
この時間を逃してなるものかと緑地へ向かいました。
冬期間閉鎖されていて4月25日にやっと開門になったばかり。

遊具広場はみんな晴れ間だ~遊びに行こう♪と子供連れがたくさん。
わんの散歩もも多かったなぁ。

ここの駐車場すぐの芝生は水はけが悪いは想定内。
なので車からマットを持参。

車からここまでたったの10mでしたがもも太はもちろん自力で歩行。
フリーで歩いて注意されるのは嫌だったのでベストの取っ手にリードを結んでおきました。

気持ちよさそうにマットにごろんと伏せて今年初の緑地の空気を楽しみました。

その時に撮ったトリオのいつもの記念撮影が最後の集合写真になるなんて思いもしませんでした。
私達の目標は「春にはお花見をしよう」でしたから。





もも太をセンターにしたかったけどマットのこの場所に最初にごろんとなってしまったの。
なのでセンター取れませんでした。

久しぶりのみんなでのお出かけにいつもの場所と言えどみんなご機嫌さん。
良い表情してるでしょ? みんな可愛い♪

辛そうな呼吸になっていたりふらついたりとしんどそうではあったけど大丈夫と信じていました。

この後なんといつもと同じにおもちゃを出して~~!と催促。
なので使い込んだもも太のお気に入りをポンと目の前に転がしてあげたのです。

ずっと家の中でおもちゃで遊ぶなんてことしていなかったけどこの日は
それはそれは嬉しそうに噛みしめていました。

ぱぱちゃんがもも太が取れるようにと顔も前に転がしてあげました。
もも太は嬉しそうにそれをキャッチ。
何度も繰り返しこうして遊びました。

心から楽しんでいるもも太を見て私達も幸せな時間を過ごさせてもらいました。

お出かけして疲れたようだったけど夜はクッキーにジャーキーにコマイのおやつをパクパク。

とろりんと喉越しの良いものかパサパサっと飲み込みやすいものがお気に入り。
もう何日も前からフードはもちろんのことお肉やお魚やお野菜の煮たものなんかには見向きもしませんでした。

どこにも出かけていないのにぱぱちゃんも私もいささか疲れていてとにかく眠くて夜は爆睡。

おそらくもも太は呼吸が荒くなった時間もあったに違いないけど
ごめんね、眠かったんだ、朝までぐっすり。

そしてもも太最後の日5月6日の朝を迎えたのでした。

午前中はとにかく食欲が無い。
これは4月半ばくらいからずっと。午後になると少しずつお腹が空いてくるようでした。

朝はデビフの介護用流動食を1缶飲みヨーグルトを少し食べれば充分。
そしてステロイド8錠、抗生物質2錠、ビオフェルミン1錠、胃薬2錠、下痢止め2種3錠。

この日の雨がこの4日間で一番強い本格的な降りだったのに外にトイレに行きたがる。
もちろんぱぱちゃんと私の2人体勢でお付き合い。

それ以外はいつもよりいくぶん疲れて見えたけど昨日楽しく出かけたからだと思っていました。

午後になって咳払いをし始めさらに少ししてからえずき始めた。
苦しそうだねぇと言いながら背中をさすったり腫れてパンパンになった左後脚をせっせとマッサージして過ごしました。

左足はリンパの腫れで浮腫んでいたようですがそれだけでなく付け根より少し上に急速に大きくなった硬く平たいものが出来ていました。
4月28日に針生検してもらったらリンパ球とは違う腫瘍細胞でした。
扁平上皮種ってやつでしょうか。どちらにしても今となっては何もできませんでした。

そのどちらもが足の動きを不自由にしてしまったのかな。
今となってはわかりません。


夕方姉妹の散歩と晩ごはんの買い出しに小一時間外出。
もも太が一緒に行きたがったので寝てるすきにこっそり出かけました。

帰ってきた車の音を聞いてもドアの前に来ていなかった。
来なかったのでは無くて来られなかったのでしょうね。

その後クッキーを食べ水をゴクゴク飲み、ガリガリ君を食し定位置で横たわる。

スープカレーのお鍋なんて「なまら(とても)北海道」らしい夕ご飯を済ませいつものように過ごしていたのだけど…。

まさか急変するとは思いもしませんでした。

こうしてもも太は最後まで寝たきりになってしまうでもなく何一つ口にできないことも無く、
用意していた紙おパンツのお世話になることも無く静かに最後を迎えました。

最後までもも太がもも太らしく過ごしてくれたことが何よりありがたく良かったと思っています。

悲しいに決まっているし、今日などはいつもの場所にもも太がいないことが不思議でならない。
だけどこの1年の間のもも太の頑張りを見守ってきて
充分頑張ったもも太にもっともっと頑張れとは言えませんでした。

それでも苦しそうなもも太に何かしないではいられなくて用意していた酸素カンで
少しでも酸素を2缶使い切り3缶目を使い始めた時にぱぱちゃんの後でさりーが「ぶ~」と怒ったそうです。
「さりーが起こってるから止めてやりなよ」と言われて止めました。

それからしばらくして何度が口にしそうになったのと同じ言葉をぱぱちゃんが口にしました。
「もう頑張らなくていいよ」

こらえていた涙が出たけど私も「もう楽になって良いよ」と言えました。

少しして静かに呼吸が止まりました。
逝ったことがすぐには信じる事ができませんでした。


昨日の夕方ぱぱちゃんと私、もも太が大好きなわんこ先生とKママさんに見守られ空へ帰りました。

お2人とも最後まで長時間一緒にいてくださいました。
ぱぱちゃんと2人だとしんみりしたでしょうけど賑やかにおしゃべりしながら待つこともできました。
また拾骨も一緒にしてくださいました。
ショー家系バリバリのもも太の骨の立派だったこと。
真黒なスカスカがたくさんあってそれは癌とのこと。
肝臓や脾臓のあたりがとても多かったです。

7日午前1時10分に息を引き取り、朝になって何軒かのお友達にお知らせさせていただきました。
お忙しい中夕方には火葬すると知るや駆けつけてくださり旅立つ前にはすでにこんなにお花もいただきました。

持たせてあげてくださいと言っていただいた分と皆さんからお花も少しずつ抜いて持っていきました。

お花とシュークリーム、クッキー、ジャーキーを前日食べたのと同じものをたくさん持って行きました。
こっそりお気に入りの使い込んだおもちゃも持っていきました。

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今頃さんぺいやもえにご挨拶済んだかな。
先輩わんこさん達へのご挨拶も済ませたかな。

ぱぱちゃんが「いつか行くから待ってろよ」と言っていました。
私はそれに「すぐに返ってくるかもよ」と返しましたけどね。
どちらでもいいからもも太の好きにしてくださいね。

帰って来る時には目を見たらわかると言われたことがあるので
ゴルパピーに会う時は目をしっかり見たいと思います。

願わくば私達も重ねた年月なりに疲れもします。
なので少しだけテンション下げて再会しましょうね。
わんこ先生はもも太のまんまでウチへ来ても良いよと言ってくれました。幸せだね。

ぱぱちゃんは予定どおりいつもの出張へ。
さりーとすみれと私で過ごしています。
寂しいけど少しずつ慣れて行こうと思います。

今日もつらつらと長文にお付き合いくださったこと感謝します。

tag : ゴールデンレトリーバー リンパ腫 闘病

お礼

もも太の顎のリンパ節が腫れているのに気付いたのは2月20日のことでした。
恐れていた悪性リンパ腫多中心型が再燃(再発)。

その日から77日後の5月7日午前1時10分に静かにもも太は逝きました。

この二ヶ月半は本当にめまぐるしく記録としてのブログの更新をと思うもままならず。
更新が無いのをご心配してくださった皆様、申し訳ありませんでした。

もも太の1年に渡る闘病の記録としてぼちぼち綴って行こうと思います。



この姿は再燃後2回目のロムスチンという抗がん剤を5カプセル経口投与した日の午後です。

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ここのところのもも太はゆるやかに坂道を下るように症状は悪くなってきていました。
この何日かはとても苦しく辛そうな浅く早い呼吸をすることが多くなってきました。
えずくような咳のようなものもひんぱんになっていました。
食欲もまばら。
4月17日に左後脚が二倍に腫れてしまい力が入らないようでした。
その日以降は介護ベストを着用。
27日にはさらに力が入らなくなり後脚用歩行補助ハーネスを装着。

それでも立ちあがりの補助をすれば自力で歩けていました。

連休最終日の6日もまばらながらも朝にはデビフの流動食の缶詰をひとつ。
退院サポートを水溶きしたのを少々。小魚を少し。
午後にはシュークリーム1個、小さなクッキーをなんと30個。
夕方6時にはマイブームだったガリガリ君コーンポタージュ味を1個完食。

ところがなんとか食べたと喜んでいたのもつかの間どんどんえずくようになった。
3日の通院時に先生に相談し4日から5錠だったステロイドを8錠に増量。
喉元の腫れによる気道圧迫がいくらかでも解消しないかと様子を見る事にしていました。

3日目になっても喉元の腫れは一向に引かないのでもはやステロイドでのコントロールは無理なんだと確信。


夜になって庭に出るドアの前が定位置になっており何度が上半身を上げたので
その都度トイレかと思いドアを開けるも行こうとせずどうしたものかと思っていました。

連休最後の夜は早く休もうとしていたけれどなんだか様子がいつもと違ったのでした。

大きくえずいた時に床に少量の血が落ちました。
どこかから出血している…。

それから2時間は辛い時間になりましたが最後は驚くほどあっけなく息を引き取りました。

ずっと悪天候ばかりで未だ桜の蕾が硬いままのもも太地方。
この連休も雨ばかり。
散歩もままならなかったけど5日の晴れ間にみんなでいつもの緑地へ。
マット持参で日向ぼっこをしながら大好きな場所を堪能したもも太だったのでした。

最後に楽しい思い出をひとつ増やし、ぱぱちゃんが出張に出る前に夜に看取られる。
もも太の思い描いた逝き方だったのだと思います。


朝になってぱぱちゃんは連休明けで仕事へ。
それでも早く切り上げられるということで本日午後4時に旅立ちました。

慌ただしく短い時間しかありませんでしたが
もも太を可愛がってくださった方達が次々にお別れにいらしてくださいました。

会いいに来てくださった皆様、そしていつも気にかけてくださった皆様
もも太を可愛がってくださりありがとうございました。

しばらくは抜け殻状態かもしれませんがいつまでも足踏みしていてはもも太が悲しむと思います。
思い出話で涙が出ることは必至ですが前を向いて行こうと決めました。

ここしばらくのご無礼をお詫びすると共にこれからは姉妹との日々を見守ってくださるようお願いします。
そしてもも太の思い出話にしばらくはお付き合いくださると嬉しいです。

取り急ぎご報告でした。
読んでくださりありがとうございました。

もも太 リンパ腫再燃(再発) その2

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もも太スマイル炸裂!
可愛いねぇ~~♪

…っと、いきなり親ばか発言から始まる長文です。

2月20日(水)ブラッシングしてました。
もも太クン昨年8月以降、抗がん治療中に抜けた毛の再生に励んでいました。
一時的に甲状腺の数値も下がっていたのでT4を飲んでいます。
T4と言えば本来の効能の他に毛量が増えるっていうのは我が家のワンズで証明済み。
もも太も例外では無くふっさふさの毛皮を取り戻しました。

さらに高濃度ビタミンC点滴2回目で手触りもなめらかなになりさらにはつやつやにも。
回復のバロメーターだった毛がここのところ抜ける。
室内にいるから換毛期がずれずれなんだけど今時期多いと聞いてもも太もそうだと思っていた。

首周りもすっきりさせたところで終了。
ハイ、お疲れさんって撫でてたところコリコリを発見。
なんだかや~~な予感。気のせいなら良いのに。

翌日21日(木)恐る恐る確認。
コリコリがあるし、前日よりはっきりわかる。
それ以外はいつも通りのもも太で変わった様子は無し。

なかなか気持ちも切り替えられない。
今さら慌ててジタバタしてもと仕方ないと思った。
正直再燃後の治療の方向性についての迷いもあった。
当初から23日(土)には病院の定期検診の予約してあるのでその時までに
今後どんな治療の選択肢があるのか再度見直そうとぼんやりと思っていた。

再燃したに違いないと思いつつも現実を受け入れられていない自分がいました。

22日(金) わんこ先生のレッスン日。
先生にも触ってもらう…病院行きましょうと一言。

明日まで待たずに行きましょうと背中を押してくれた先生に感謝です。

行ったのは大学病院でも無く点滴に通ってる病院でも無く長くお世話になっている主治医のところ。

首を触るや腫れてますねと。そして全身くまなくチェック。
そして血液検査。

もも太、再燃(再発)確定診断が下りました。


まずは苦手なステロイドだけど注射しましょうと。
明日からはプレドニゾロン5㎎を1日おきに8錠飲むようにと。
2錠飲んだだけでも半端ない頻尿になるもも太のことをよく知っていてもこの量を飲むようにと処方してくれた。
この時点で頻尿だなんだと言ってられないのだなぁと思ったのでした。

もうステロイドに頼るしかないのかなぁ。

それ以外には本来リンパ腫の治療にはあまり使わないルケランという
経口投与の抗がん剤を7回分もらって帰ってきました。

待合室でのもも太はひたすらわんこ先生にくっついて甘えてるし
一緒に病院へ行ってもらって良かったと心から思ったのでした。

やっとこのあたりでもも太のリンパ腫は再燃したんだと現実として受け止めたような気がします。

夜、ぱぱちゃんが2泊の出張から戻り家族会議。

経口投与の抗がん剤を使うのならもう少しリンパ腫のセオリーどおりの薬でもいいのではないか。

そんな話になりました。

んで翌23日(日)に点滴に通っている病院に出向いたのでした。

前日の血液検査の結果を持ちいろいろと相談。
発症当初の大学病院での積極的な抗がん治療中の副作用は可哀そすぎた。
抗がん治療2回目で敗血症になり1泊入院。
それ以降も5週連続で抗がん剤投与。
この5週間はほとんどフードは口にしませんでした。
蒸しパンだのなんだの、目先の変わったもの、思いつく限りのあれこれを少しずつ食べてしのぎました。

水曜日に抗がん剤投与して土曜日には点滴と制吐剤セレニアを注射。
そして少し回復して野菜や魚・鹿肉・馬肉を煮込んだスープを食べてはまた次の抗がん剤の繰り返し。
ドキソルビシン・ビンクリスチン・ビンクリスチンを3サイクル終えた時点で腸が動きを止めた。
2泊の入院でなんとか回復して帰宅。それで自主的に治療終了。

ステロイドを飲まないという選択をしたので余計に副作用で苦しめたのかもしれない。
毎週出してもらった抗生剤バイトリルには耐性ができてしまった。
胃薬としてガスターと吐き気止めとしてプリンペランを毎日飲んでました。

ざっとこんな日々だったのでもう一度同じことを繰り返す気持ちは無い。
高濃度ビタミンC点滴は毎週続けていたし再発後も続けたい。
ならばこちらの先生との連携が一番もも太にとって負担が少ない。

私は一番最初に大学病院でLアスパラギナーゼという厳密には抗がん剤では無い
レスキュー的に使う薬の投与でしのぐのはどうかと思ったりもした。

先生と相談の上、ロムスチンという経口投与の抗がん剤を半分量投与から始める事にしました。

24日(日)朝ご飯後にゴム手袋して3カプセルのロムスチンを1カプセルずつ
喉の奥へ入れてゴックンと飲ませる。
いつもこの方法で薬を飲ませてたのでさっさと飲ませた。
なんてね…本当は右腕全部が震えそうになるのを必死でこらえました。

なんだかやたらと長くなりそうなので次回に続きます。


3月8日現在、顎のリンパの腫れは左側に卵大、右にピンポン玉大のがあります。
鼠径部も腫れています。

次回3週間後の3月16日にロムスチンをもも太の体表面積の規定量6カプセルを投与する予定。
それまではステロイド服用でしのぎます。

今のところ食欲はステロイドの副作用もあって旺盛。
胃腸の負担を少しでも減らせたらと思い1日2回だった食事回数を3回に増やしました。

ホモトキシコロジーも相談のうえ回数を増やしました。

もともと人の側が好きなもも太ですが不安感からなのか人の側に居たがります。

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甘えたサンなんだよ、ボクちん。

tag : リンパ腫 ゴールデンレトリーバー ロムスチン

もも太 リンパ腫再燃(再発) その1

3月になった途端とてつもない寒波がやってきました。
残念なことに猛吹雪の中亡くなられた方もいました。
亡くなられた方達の無念を思うと胸が痛みます。
心からご冥福をお祈りします。

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ボク達も吹雪の夜は大変だったんだよ…。


前記事にもも太の首の気になるコリコリのことに少し触れてから2週間。
ご心配おかけして申し訳ありません。


残念ながらタイトルどおりリンパ腫再燃(再発)してしまいました。

再燃のこと書いては消しを繰り返したもののなかなか報告できませんでした。

この2週間のこと、この先のことをしっかり記録していくつもりです。
アドバイスなどをいただければありがたいと思います。

闘病記録メインにはなりますがどよ~~んと落ち込んではいられないので
いつもの日常も織り交ぜてのドタバタな日々の記録になるに違いありません。

よかったらこれまでどおりお付き合いくださいね。


この2週間いくつかこれまでに経験したことの無いこともありました。

この先どういう経緯を辿るのか不安ではああります。

「もも太に必要以上に苦しい思いをさせない」ことを最優先しながら
その時々の最善を尽くせるよう家族一丸となって頑張るつもりです。

さりーとすみれも早い時点でもも太にぃちゃんの異変に気付いたようです。

すみれは先週の金曜日下痢と嘔吐を1回ずつ。
さりーまでも今週になって嘔吐1回。
今は落ち着いているようですが、ちょっとばかり神経質になっています。

それはもも太の不安や私達夫婦の不安がしっかり姉妹に伝わったからと思います。
そんなこんなもひっくるめてみんなで頑張ります。

もも太だけでなくお友達わんこ達もさまざまな病気と闘っています。
大変な局面もあるだろうけれど一緒に乗り越えて行ければいいなと思っています。

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私達姉妹もももにぃちゃんを支えてあげるんだ~♪ いつも一緒にいてあげるんだそうです。
支えてくれるのはありがたいんだけどにぃちゃんが寝てるところを平気でまたいだりしないでね。

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ボクさぁ~、このまま治って「オレはこうしてリンパ腫を克服してやったぜぃ!」って本を
GENと~舎から出版しようと思ってたんだけどな。 残念だよ。

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にぃちゃんがつまんないこと言うもんだからすみれが逃げちゃったじゃないの。

憎っくきリンパ腫と第二段の戦闘モードに入った我が家です。

tag : ゴールデンレトリーバー リンパ腫

あれから半年

7回目の抗がん治療を終えた頃の姿です。

この時は怒涛の5週連続の抗がん治療でした。

もうね、嘔吐や下痢、脱毛、白血球の減少なんかは想定内。
今はとことん責めの治療って時でした。

飼い主はただ少しでも楽になるように、少しでも食べられるように、
それだけを考えていたような気がするな。

今の自分を淡々と受け入れて闘ってる姿はきっとずっと忘れない。

大学病院では血液検査をして白血球数が3300とか下限をさらに下回っていようが
好中球とやらの数を見て大丈夫と判断すれば抗がん剤投与となります。

きっとこの週も病院へ行けば同じように検査して
おそらく最下限ギリギリの数値でも抗がん剤投与となったのでしょう。

辛そうに横になってる姿を見て「今日は病院行かない!」と決めました。
病院には「今日はどうしても急用で行けなくなりました」と連絡。
翌週の予約はして電話を切ったんだったなぁ。

嘘ついちゃったって後ろめたい気持ちはあったけど
少しでも体を休ませてあげたかった。

こうして一週間治療をお休みしたら少し食欲も戻ってみんなと走ることができた週末の様子です。

この頃撮りためた画像はたくさんあるけどブログアップする気力が無かった。
今見ると昨年7月8月に至ってはは記事がひとつもなかったのね…納得。



首周辺は赤くなり荒れ放題で首輪をつけられません。なのでこんなハーネスを装着。
それでもいつもの緑地へ行くとボール出してとせがみました。

きっと走れないだろうと、だったら抱え込んで破壊してもいいようにとテニスボールを転がしてみた。
案の定よろけそうになりながら追いかけてそのまま咥えてカミカミ。

それを羨ましそうに、欲しそうにさりーが登場。

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何度転がしても同じことの繰り返し。
さりーも欲しそうだけど無理して取ろうとしたりしないあたり彼女なりに配慮していた模様(笑)。
なんたってさりーサン、この頃のもも太の一部始終を観察して状況はしっかり把握してましたから。

おっ、もも太ったらテニスボールを手で押さえ、他のおもちゃも咥えてる。
意欲はあるってことで許してあげる。

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すみれのお気に入りだもの頑張って奪取した模様。
もも太はちゃんとすみれが取ったことに気づいてるけど
さりーときたら落ちてると思ってるのか探してるっぽい。

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首の飾り毛はすっかり抜けてしまいました。
前脚も血管確保したところが赤くなって痒がっていました。
目の周りも炎症を起こして黒ずんでいつもうっすらと涙が出ていました。

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大事なおもちゃを咥えて走ってるつもりでもなんとなく傾いたりふらついたり。
足元がおぼつかないことも多々ありました。

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尻尾もひょろ~~っと長いだけ。
尻尾の毛も見る見るうちに抜けました。

副作用がきついってことは反面効いてもいるんじゃないのって励ましてもらっていた頃です。

これは7月8日(日)に撮ったものの一部です。

この後さらに辛い思いをする前のもも太です。

なんで今頃この画像を引っ張り出したのかって??

この頃から半年が過ぎたんだなぁとしみじみ思ったからでした。
このころ半年先のことは考えられませんでした。

抗がん治療9回目とそれからのこと

7月19日(木) 本来なら外来診療の無い手術日。
毎週水曜日がとても混み合っているとのことで1日ずれて木曜日になりました。

研修医の先生に13日の金曜日にひどいことになりかかりつけの病院で処置してもらったことなどを説明。
そのまま預けてじっと待合室で待ちました。

いつもどおりビンクリスチン投与。

前回の副作用がきつかったようなので若干投与量を減らしましたとのこと。

そして下痢も激しく出るようなので今日から下痢止めも飲ませるようにとのこと。

抗生剤としてバイトリル、胃薬としてガスター、吐き気止めとしてプリンペランはいつもと同じ。
下痢止めとしてフラジールを処方してもらい帰宅。

この日の夜は普通量の食事ができました。

翌20日からまたまったく食欲無し。
21日(土)にはかかりつけの病院で先週と同じに吐き気止めのセレニアを注射してもらう。
点滴もしっかりしてもらったのでちょっと安心して帰宅。

シフォンケーキをちょっとずつ食べたりした程度。

22日(日)も変わらず。
この日はウンチをしなかった。 食べてないもんね、出ないのかもねってぱぱちゃんと話す。

23日(月)もほぼ前日と同じ。
少しはパンを食べたりお魚もちょこっとなら食べた。
スタミノールを1本舐めさせる。1本で500カロリーは摂取できる。

24日(火) この日は少量のウンチを3回。
わんこ先生が来てくれてテンションアップ!!
お魚ジャーキーを食べさせてもらった。
先生に差しだしてもらうとテンションあがっているので食べるんです。

夜にはスタミノールをまたまた1本。

25日(水)外は暑くなったのでエアコン始動!
涼しくして安静にしようね…。
自力で水も飲もうとしないしトイレに外に出すとふらつくようになりました。
庭の熱くなったタイルの上に横になってしまう。

体温を計ると38,7度と得に高熱が出てる訳ではなかったしどうしちゃったんだろう。

食事ができてないからフラフラしちゃうのかと思ってました。
抗がん剤の副作用にしては長いなぁと思っていました。
でもまぎれもなく副作用なんだと思ってもいました。

こんな状態で病院へ行っても点滴してもらうのが関の山だと素人判断。

26日(木)も状態は変わらず。

とにかく少しでも口にしないとって前日夜からシリンジでせっせとペットスエットを飲ませました。
スタミノールも1本。
介護食もシリンジで少しずつ喉の奥に入れると自力で飲みこんでくれました。
ゼリーも1袋食べるというか飲んでくれた。

30CC入れられるシリンジで10回、300CCはペットスエットを飲んでくれた。
ぜりーもほぼ水分だし、介護食も水でかなりどろどろに溶いていたので水分は最低限は摂れているはず。

夕方には自力で水を飲み、プリンも口にした。

自力で水を飲み出した時は心底嬉しかった。

この2日間でこのままもしかしたら…って想いがよぎったりしました。
必死にそれを打ち消しながら口にしてくれるならなんでもとあれやこれやと試してみました。
アイスクリームを溶かして飲ませたりもしました。

ぱぱちゃんは出張中で留守でしたし余計に不安でした。

27日(金)12時に大学病院へ。

本来ならドキソルビシンという強い抗がん剤投与の予定でした。
でもそれどころではありません。
この1週間の状況を事細かに説明し、とにかく今の状態を改善してほしいとお願いしました。

検査に入りじっと待合室で待ちました。

呼ばれて診察室に入り説明を受ける。
なんと腸が動いていないとのこと。

点滴しながら薬で腸の動きを出しますとのことで入院となりました。

翌28日(土)には電話で様子を知らせてくれました。
少しずつ手からフードを食べていますとのこと。
便も出ましたとのこと。
ただまだ不安なのでもう1日入院で様子見ましょうとのこと。

29日(日)朝、電話をもらう。
かなり元気に振る舞っているようで自分で留置針を抜いてしまったらしい。
食欲も戻っているのでこのまま退院して大丈夫とのこと。
ぱぱちゃんと迎えに行く。
日曜日でシーンとした病院のベンチでもも太を待つことしばし。

この日の朝から頻尿になったと言う。
尿検査しても菌は出ていないので膀胱炎ではないとのこと。
念のためいつもとは違う抗生剤を処方してもらって帰宅。

帰宅後はほっとしたのかひたすら寝ていました。

ステロイドを飲んだ時みたいに何度もおしっこをするので水分補給もしっかりとした。
何がどうしちゃったんだろうね。

この頻尿は2日ほどで治まったので治療に使用した薬の副作用だったのかもしれない。

…とまぁ、こんなふうに日々が過ぎて行きました。

腸が動かなくなったのは抗がん剤の副作用では無いと言われました。

果たしてそうでしょうか。

抗がん剤投与ごとに下痢や嘔吐、食欲不振などの副作用に苦しみました。
その積み重ねで腸も疲労困憊しちゃったなんてことだってあると思うのです。


こんな状態でも大学病院の先生は「完全寛解」に向かって順調だと言ってくださいました。

5月に開始した抗がん治療。
こんなことがあったので残すところ3回まで来たけどこの先どうしようかと思い悩みました。

↓は頻尿が治まり食欲が戻っていつもの量を食べられるようになって2日目の8月4日(土)のもも太です。

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まだ首周辺の毛が落ちて皮膚に赤みもあるので本当は首輪をしたくなかった。
だけどこの日はど~してもこの首輪をして写真を撮りたかったんです。

さりーの異父妹、すみれの異父姉にあたるエクルちゃんのママさんにお願いして作ってもらったみんなお揃いの首輪なんです。

エクルちゃんのママさん、見ててくれてますか?
暗くて綺麗に撮れていないので 改めてみんな揃って写真を撮ったらお礼と共にお届けします。

脱毛は言うまでもないけどそれより筋肉が落ちてしまったことのほうが深刻。
背線もぐっと落ちてしまいました。

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目やにがたくさん出て目の周囲も荒れてしまいました。

それでもガクンと体重が落ちたかなと思ったら32,6キロだった体重が1。5キロ減っただけで済みました。

食欲が戻ったのでどんどん食べて体力つけようね。
そして少しずつ運動量も増やしていこうねともも太に言って聞かせていました。
     
プロフィール

tamami

Author:tamami
米ゴルさんぺい&英ゴルもえと楽しい日々を送っていました。

2004年秋・冬と立て続けに2頭を亡くし悲しみにくれたこともありました。

そして昨年5月にリンパ腫で1年間闘病したもも太を亡くしました。

今は英国系ゴールデンの姉妹と先代達を思いながら毎日を楽しんでます♪

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